(チラシの裏 )私の一言メモ

コピペとグぐるの繰り返し

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ダブルはなんで在日韓青で活動しているの? ダブログ

ダブログ

18日の朝、いよいよ韓国を発つときがやってきた。会長の自宅で起床し、バス乗り場へ。帰りは、会長の愛娘、スビンちゃんも一緒だ。普段は統一運動バリバリの会長も、スビンの前ではフツーのアボヂだ。ウリマルで赤ちゃん言葉連発の会長がちょっと面白い・・・

 バス乗り場から、会長がチケット売り場へダッシュ。どうやら、俺たちのチケットを買ってくれようとしていたらしい。「いやいや、そんなんいいですよ」と委員長が走って追いかける。残ったのは、スビンちゃんと、俺。





 アボヂが行った瞬間、スビンちゃん号泣。





 どうやら、アボヂに見捨てられたと思ったらしい。めっちゃ泣いてる。ええっ、ちょっと、俺はどうすれば!?

 仕方ないので、スビンちゃんを抱きしめてあやしてみる。ウリマルではできないので、日本語でやってみた。「スビンちゃん、大丈夫やで。もうすぐアボヂ戻ってくるからな」

 するとスビンちゃん、ぱたっと泣き止んだ。うん、かしこい子だ。

 ほどなく、会長が戻ってくると、満面の笑顔でスビンちゃんが駆け寄る。アボヂがすきなんやなあ。みててほほえましい。

 こうして、会長と最後の挨拶。「10月に行くからよろしく」とのことだった。そう、この別れは、新たな始まりなのだ。ちょっと気が引きしまる。



 ・・・けど、バスではやっぱり寝た。眠たいでーす。

 一時間ほどして、ソウルに到着、飛行機が夕方だったので、僕と委員長は別行動でそれぞれ買い物に行くことに。

 僕はちょっと本が見たかったので「教保文庫」というソウルで最も大きい本屋さんに行った。地下鉄の光化門駅からすぐだ。

 あいかわらず、でかい。いろいろ探し回っていると、ケータイに着信が。ヨンフィからだ。

 「今日帰るの?」

 「うん、あ、でも飛行機夕方やから、ちょっと教保文庫によってるねん。」

 「ああ、そう?じゃあ、ちょっとお昼一緒に食べない?そっちにいくから」

 ・・・というわけで、教保文庫でヨンフィと再会。ただ、ちょっと不機嫌そうだった。あれ?俺なんかしたっけ?

 「てゆーか、日本に帰るのになんで電話の一本もよこさないの?私が電話しなかったら、黙って帰るつもりだったでしょ?まったく・・・」



 うっ、確かにそりゃごもっとも。みあねよ・・・いや、平日なんで、仕事してるかなー、と思って。。。



 と、プチ怒られながら、通りに出てみる。いろいろ物色した結果、韓定食の店の前に。



 「ダブルって、韓定食食べたことある?」

 「いや、ないなあ。」

 「じゃ、ここに行ってみましょう。」

 というわけで、最終日になんと韓定食にありつくことになった。実際食べるのは初めてやけど、まあえらい量だ。肉、魚、鳥、豚、野菜、ご飯、スープ、もちろんキムチも・・・ありとあらゆる料理がテーブルに並びまくる。

 「全部食べれないと、お店から出れないらしいよ」とヨンフィ。冗談なのに、おろかにもちょっと本気にしてしまい、ガッツリ食べた。

 この韓定食、もともとは宮廷料理やったんやろなあ。たぶん、たくさんの料理を少しずつつまんで、あとは残すって言う・・・とっても贅沢でもったいない食べ方をする料理やと思う。中華の満漢全席に似ている。だって全部食べるの無理やもん、絶対。

 貧乏くさく全色平らげようとして失敗し、おなかが魔人ブウみたいになってきた。

 そういや、前から聞きたかったことがあったので、ヨンフイに聞いてみた。



 「ヨンフィってなあ。」

 「うん?」

 「なんでこんな運動やろうと思ったん?」

 「わたし?わたしは・・・」

 と、過去を振り返るヨンフィ。

 そう、前から気になってたんやけど。国内の人って、どういう経緯で運動するようになるんやろう? というのが知りたいのだ。国内の人で、活動している人は、僕からみたら、ものっすごい人たちに見える。やっぱり、民主化運動をへて成長してきた民衆のパワーを感じるのだ。自分がチングと呼んでる、目の前のこの人はどうなんやろ?

 遠くを見やりながら、ヨンフィが記憶をたどる。

 「きっかけは、小学校のころかな?」

 えっ、しょ、小学校っすか?

  「私が小学校で音楽を習っていたとき、音楽の先生が、多分学生運動出身の先生だったの。

 で、授業が終わって先生の机の上をみたら、楽譜が一枚おいてあって。

 それが「ソラ ソラ プルルンソラ(松よ、松よ、青い松よ)」だった。



 それを見て私は・・・ああ、こんな世界があるんだ、と思った。それがきっかけかな?」





・・・・







・・・・







・・・・







ありえねー。なんや?そのきっかけは。

 「ソラ ソラ プルルン ソラ」と言うノレは、僕もたまたま知っていたが、いわゆる「闘争歌」だ。「闘争歌」とは、韓国の民衆が軍事独裁政権に反対して命をかけて戦っているときに、民衆を鼓舞するために作った歌だ。そんな歌を学校で知ること自体、日本ではありえない。

 日本の学校教育は「政治教育」を制限している(教育基本法)。その影響か、日本の人たちは「政治的だ」というと、どこかヤバイようなイメージを持ち、敬遠する。こんな歌、日本の学校で教えたら間違いなく大問題になるだろう。



 やっぱ、韓国は政治意識が高いなあ、と思う。いや、ひょっとしたら、ヨンフィがたまたますごいのかもしれんが。



 「・・・で、高校生になってから、町でやってる集会とかに参加しはじめて。」

 -ひとりで?

 「そう。特になにがしたいってわけじゃなかったけど、いろいろ考えるようになった。」

 -それで、国内韓青に入ったのは?

 「先輩に誘われたのもあったけど、2000年の南北共同宣言がやっぱり大きかったなあ。本当に、統一ってできることなんだと思ったし、自分も統一に向けて尽力したいと思ったから。」









 ・・・やっぱすげー。すごすぎる。



 高校生が一人であんな濃い集会に行くか?普通。とてもまっすぐな感性を持っていて、すごい行動力を持っている。



 今回、いろいろな人と出会ったけど。でも、このすばらしいチングとまた深い交流ができたのは、とてもうれしかった。だから、自然と言葉が出た。

 「ヨンフィ、俺たちは、ピョンセンチング(平生親旧)やわ。おれはそうなりたい。」

 ヨンフィもにっこり。「うん、そうだね」

 ピョンセンチング、それは、「一生の友達」という意味だ。国内の人で、本当に親友と呼べる人ができた。・・・とりあえず、これからはメールはすぐかえさんといかんなあ。



 「じゃあ、チングとしてひとつ質問」

 「ん、なに?」

 「ダブルはなんで在日韓青で活動しているの?



 あ・・・そっか、そりゃそうやな。あっちが丁寧に答えてくれたんやから、じゃ、こちらもちょっと整理してしゃべってみよう。



 僕がなぜ韓青活動をやっているのか?それは・・・・





 次回、最終回。




山田君に座布団持ってかれないようなパンチの効いた答え待ってます。
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  1. 2005/10/28(金) 20:03:47|
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